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呼吸を調律する

 近頃だいぶつらくなっていて、それで街に出てしまいました。祖父母宅へ行くつもりで、母と待ち合わせるため母の職場に近いショッピングモールに電車で向かいます。それにしても様々な雲が浮かんでいて、立体的な奥行きを持った空は好きです。梅雨が終わったような天気でしたが、雲は夏ではないので梅雨はこれからです。人間が暮らす空間はとにかく意味を持つ物体が多すぎて、情報が多いとノイズが多くて処理できません。よく空を見上げるのはそのせいだと、ふと思いました。

 モールの楽器店で時間を潰していると音叉を発見しました。以前読んだ漫画で、聴覚過敏な少年が音叉を耳に当てると気分が落ち着くという描写があって、真似をしてみようと買ってみました。結果は大当たりで、しんどいときはよくパニックになるのですが、その兆候が現れたときに音叉の音を聞いていると、意識をそれだけに持っていくことができて効果が大きかったです。投薬をやめて以来、感覚が過敏になってしまい、とくに聴覚はよく悩まされます。

 音叉は440Hzのものですが若干の倍音を含んでいるように聴こえ、長い持続音の聴こえ方が変化してゆくのも面白いです。それと気分によって聴こえ方も違って、同じ音が聴こえていても「こんなに高かったっけ」「こんなに低かったっけ」と思いました。音楽の基準となっている音を確かめながら支えにするのだなど考えていると、ジョジョ素数を数える神父のことを思い出しました。彼もきっと素数に孤独の基準を置きながら確かめていたのだなど思ってしまいます。

 さほど縁がなかったものが初めて触れた瞬間から、自分と一致する感触があることが稀にあって、音叉はそのひとつになったようです。その前は原付でした。自動車教習所で乗る機会があって、希望して講習を受けているとすんなり馴染んだ手応えがあって、いまは一番好きな乗り物です。この一致する感覚は、欠如が満たされたというよりも、自分の定まっていないところに形を与えてくれたと言ったほうがよいです。